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バランススコアカードと戦略マップ描く組織の未来

企業が持続的な成長を遂げるためには、戦略の策定だけでなく、その実行が不可欠です。しかし、多くの企業が策定した戦略の多くが、実行段階で失敗に終わることが少なくありません。そこで注目されるのが「バランススコアカード」と「戦略マップ」。これらのツールを活用することで、戦略の実行性を高め、社内の協力体制を整え、持続的な成功を実現することが可能です。この記事では、バランススコアカードと戦略マップの効果的な活用法について解説します。

戦略は失敗する?

経営戦略を策定し、適切に実行していくことは、事業活動を通して企業が持続的成長を遂げていくため非常に重要なことです。
かつては「日本企業には戦略がない」などと厳しい指摘を受けたこともありますが、最近はさすがに戦略立案を重視する企業も増えてきたのではないでしょうか。
とは言え、実態はどうでしょうか。短期的な戦略ならともかく、中長期的な戦略になると「いつの間にか話が立ち消えていた」などという失敗談は、よく聞く話です。
バランススコアカードの提唱者であるキャプランとノートンによれば、戦略が失敗するのは、往々にして作成段階ではなく実施段階だそうです。実際、経営戦略を立ててもその70%~90%が実行段階で立ち消えたり失敗したりするとの話もあります。社内プレゼンがうまく理解されなかったり、実行する際に社内協力が得られなかったりなど理由は様々で、これもよく耳にする話だと思います。さらに、役員プレゼンまで進んだ社内プロジェクトであっても、実行段階に推進派の役員が退任してしまい後任が潰しにかかる…などなど枚挙に暇がありません。
最後の例は極端かもしれませんが、伝わりやすさや社内協力の得やすさなど直接モチベーションにも関わる問題は、改善の余地があるのではないでしょうか。

財務情報中心の事業評価

従来、新規プロジェクトの事業性を評価する際、短期的な営業利益やROIなどの財務指標をベースにしていることが多かったように思います。確実に利益を出すためには重要かもしれませんし、プロジェクトや事業内容そのものの有効性を「判断する方法」がまだ共有され浸透していなかったという背景事情もあったのかもしれません。しかし、最近では金融機関でさえ、数字には現れない事業性を含めて融資判断を行う場合が少なくありません。自社内部のプロジェクトであれば、なおさら財務にのみに縛られずに広い視座に立って長期的な投資回収を前提に経営判断をする必要があります。
財務情報は、年間の決算書、四半期ごとの報告書や、場合によっては毎月の残高試算表で確認することができます。仮にデジタライゼーションを促進した結果毎日(究極的にはリアルタイムで)財務情報が確認できる環境を整えたとします。しかし、あくまでも過去のデータの蓄積に過ぎません。過去データのみに依存して将来に関する戦略などの意思決定を行うことは、“バックミラーを見ながら車の運転をする”ようなものです。
財務状況を把握することは、事業やプロジェクトが継続的に収益を上げて発展していくことができるかを判断する上で大変重要です。持続的な展開のためには、収益を上げ続けるとともに、コスト管理をしっかり行い、確実に利益を積み上げていく必要があるためです。しかし、そこに行き着くためには、ユーザーから商品やサービスを継続的に購入してもらい、またその商品やサービスを提供できる体制作りをしなければなりません。さらに、こうした体制を支える人材を確保したり、育成したりしなければなりません。

バランススコアカード

前置きが長くなりました。ここで登場するのがバランススコアカードです。立案した経営戦略にストーリー性を持たせ、具体的な取り組みを示し、時間軸に沿ってそれをレビューしていく枠組みです。立案した戦略を確実に実行するためのツールです。
バランススコアカードでは、財務を含めた4つの視点から、実務に則した事業判断を行うことになります。具体的には、①財務の視点、②顧客の視点、③業務プロセスの視点、④人材の視点、の4つです。
これは、
①企業活動は利益を上げなければならない。
②そのためには、製品やサービスを顧客から支持され継続的に販売する必要がある。
③そのためには、魅力的な製品やサービスを提供する体制を整えなければならない。
④そのためには、必要な人材を雇用・教育して確保しなければならない。
という、先ほど述べた「ストーリー展開」を踏襲したものです。これら4つの視点は、最終的に利益につながるための工程を付加価値が形成される段階に応じて分解しており、ある意味 “a chain of profit resources”と言えるのではないでしょうか。
このような4つの視点に基づくストーリーを前提に業務上の目標や解決すべき課題を整理することは、対応すべき物事の順番や優先順位、事業全体における意味などを俯瞰的に理解する上で非常に役立ちます。
何より、ストーリー性を持たせることで、「それぞれの視点に含まれる目標や課題」(以下「構成要素」とする)同士の関連付けがしやすくなり、具体的なアクションも起こしやすくなります。関係当事者同士の自発的な参加を促進し、モチベーションアップの効果も期待できます。

戦略マップ

関連性を示す

それでは、構成要素同士の関連性はどのように示すのでしょうか。1つの例ですが、構成要素同士を矢印で結ぶ方法があります。まず、目標や課題を4つの視点の内いずれか適切な個所に割り振ります。そして、それらの構成要素同士を矢印で結びます。関連性を意識して結びつけることで、そこにストーリーが生まれます。
このように、バランススコアカードの各構成要素同士の関係性を示した図を「戦略マップ」と言います。
戦略マップで重要なことは、構成要素同士の関連性を示して戦略のストーリー作りをすることです。そうすることで事業全体への理解が進むと同時に、各構成要素の全体の中の位置づけも理解できます。
適切な人材を確保し、付加価値のある製品やサービスを構築し、顧客へ価値提供を行い、対価として利益を得る、と言うのが最もシンプルな「お金儲け」のストーリー展開です。したがって、バランススコアカードでも、この流れに沿って、構成要素同士を矢印で結びつけて行きます。
ストーリー展開を意識すればわかりやすいと思いますが、基本的には、①財務の視点、②顧客の視点、③業務プロセスの視点、④人材の視点の4つの視点を、下から上に登っていきます。もちろん、同じ視点内の構成要素を横に導いたり、PDCAサイクルを考えた戦略マップを作ったりするのであれば下方向の矢印も考えられます。構成要素同士をどの方向の矢印で導くかは、戦略ストーリーの展開によって必然的に決まってきます。このゲームの重要なルールは、繰り返しになりますが、すべての構成要素を漏れなく矢印でつなぐことです。1つの構成要素も取りこぼすことなく別のいずれかの構成要素と連結してください。どんなに目立たない「モブキャラ」のような要素でも、メインのストーリー展開上、必ず何らかの伏線になっているものです。
また、漏れがなければ良いので、1つの構成要素に複数の矢印が集中したり、あるいは1つの構成要素から複数の矢印が派生したりするのは、ルールの範囲内です。

KSFを設定する

戦略マップ策定上、もう一つ重要なポイントがあります。key success factor (KSFとは重要成功要因のことです)の設定です。critical success factor (CSF)と呼ぶこともあります。KSFの設定には、様々な方法があります。ここでは、クロスSWOT分析から導かれたKSF (CSF)を用いることにします。(クロスSWOT分析を用いたKSFの導出方法については、別の記事で紹介します。)
KSF (CSF)とは、具体的に何を指し示すのでしょうか。4つの視点それぞれの中に分類される構成要素のうち、事業の戦略全体との関係が重要度が高く、戦略マップで関連性を示す上で要衝となるようなものがあります。前述の「モブキャラ」ではなく「メインキャラクター」です。このような要素をKSF (CSF)と定義しているビジネス書などもあります。
しかしここでは、あくまでも「クロスSWOT分析から導き出すKSF (CSF)」です。具体的には、「企業への事業提案、しかも利益向上につながる提案」となります。戦略マップは、バランススコアカードをベースにしています。そして、財務の視点が最終ステージとして待ち構えています。したがって、戦略マップを策定する上で設定するKSF (CSF)も、この最終ステージを十分意識して「どのように利益を上げるか」を着地点とした戦略の提案でなければなりません。
そこでKSF (CSF)は、4つの視点を通じて達成や解決を図る「お金儲けのための目標や課題」と捉えることもできます。そしてこのKSF (CSF)を、4つの視点の上位概念として位置づけます。ビジネス書で見られるような、どちらかと言えば4つの視点の下位概念(構成要素)としての位置づけとは異なるので、混同しないようにしてください。
どちらが正解というわけではありません。バランス、スコアカードそのものが、利用目的等によってフレキシブルに応用可能なフレームワークです。ここでは、戦略立案の流れとして、内部環境分析や外部環境分析を経てクロスSWOT分析を行った結果"導出された企業への提案内容"のことを、KSF (CSF)と定義付けます。

戦略マップの例

A社は、ブロックチェーンや生成AIの開発とその社会実装するIOT化に経験豊かな技術者を多数かかえるITベンチャー企業です。ともに開発畑出身の2人の経営者が、お金を出し合って設立しました。「良いシステムを開発すれば必ず売れる」との考えのもと、これまで専門性の高い開発要員ばかりを積極採用して社内の技術力向上を追求してきました。確かに、顧客の要望に応じたシステム開発には定評があるものの、小規模なRPAなどの個別受注に対応するばかりで収益が思うように上がらないことと、せっかくの最先端技術の知見が生かされずにもち草れていることが現在抱える問題です。
そこで、ブロックチェーンや生成AIに関する最先端技術の専門性を強みとして、昨今のNFT市場の急成長という機会にぶつけて、新規事業を立ち上げることにしました。
単に「新規事業を立ち上げたい」と言うだけでは、絵に描いた餅です。すぐに立ち消えになってしまいます。そこで、弱みである営業力や市場調査能力を補うため、経験豊かなマーケティング社員を1名雇用することにしました。自社技術とNFT産業を掛け合わせて何ができるかを検討させた結果、以下のような「次世代型プラットフォーム」を考案することになりました。
一人暮らしの高齢者向けのオレオレ詐欺対策ツールです。「かかってきた電話を全てメタバース上のアバターが受けることで、電話の発信者が詐欺グループのメンバーであったとしても、発信者履歴がNFTによってブロックチェーン上に刻まれるため、事件発覚後に発信者を追跡できる」というものです。(あくまで仮の話ですが…。)
ここで、KSF (CSF)は「成長著しいNFT産業を機会と捉え、自社の強みであるブロックチェーン技術力を用いて、メタバース上で高齢者を詐欺師の電話から守るプラットフォームを開発する」となります。当然、月額のサブスクにしてB to Cで提供していくのか、あるいは高齢者の多い自治体向けにB to G展開を図るのか、マネタイズの方法まで想定しての提案内容となります。
このKSFに関して、①財務の視点、②顧客の視点、③業務プロセスの視点、④人材の視点の4つの視点で、それぞれ具体的にどのようなアクションを起こせば良いのか、そしてそれらをどのようにストーリーとして紐付ければ良いのかを考えるのです。
前述したように、ストーリー展開は下から上に(人材から財務に向けて)上がっていきます。まずは人材の視点です。生成AIやブロックチェーンに関する技術者は、強みとして挙げられているように、既に存在します。しかし、メタバース空間に関する十分な知識や、そこで実際に動かすアバターの3次元モデリングに関してはまだ内部リソースが不十分だとします。さらに、こうした先端技術とユーザー(高齢者)の間に入って調整役を担う技術営業社員も必要です。したがって、このような追加技術に関する従業員研修の実施や、ミドルウェア的な社員の雇用・育成が必要になります。これが人材の視点の構成要素です。
これによって、実際のプラットフォームの研究開発が進みます。それが業務プロセスの構成要素となります。
開発されたプラットフォームは、ユーザー向けに商品化され提供されます。ユーザーは価値の対価としてプラットフォーム利用料を支払います。これがお客の視点の構成要素です。
ユーザーから得た対価によって会社は収益を得ることができます。これが財務の視点の構成要素となります。
これらを下から順に矢印でつなぎます。大変シンプルな例ですが、戦略マップの完成です。このような考え方で、各視点でどのようなアクティビティ(構成要素)が必要になるかを、書き加えて行きます。ブラッシュアップを続けることで、戦略ストーリーの解像度も上がっていきます。